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新田絢香①きっかけは高校の先生

 新田 絢香 / Ayaka Nitta

福島県郡山市出身。大学卒業後、国際協力関係の団体に勤務。その後、青年海外協力隊に現職参加。西アフリカのブルキナファソで、村落開発普及員として現地のゴミ問題改善に取り組む。現在は、日本全国の高校生と海外からの学生との交流事業を担当している。

教えてくれたのは高校の先生

絢香さん、それでは宜しくお願いします。

宜しくお願いします。

まずは、協力隊に参加するまでの経緯を教えてください。

もともと、海外での仕事に興味があって。
そう思うようになったきっかけが、
中学生の頃にたまたま地元の自治体が企画していた、
中学生をタイへ派遣するプログラムに参加したことです。
市の国際交流事業の一環で
タイの孤児院の子ども達と交流してもらおうっていう企画に
声がかかったんです。
小学校の時に(郡山)市の活動をしたことがあったので。

自治体が負担してくれて、安く行けたりするんですよね。

そう。国内外関係なく「なんかおもしろそう!」と思って、
参加して、それが初海外。
当時14歳で、同年代のタイの子たちとスポーツをしたり、
一週間寝泊まりをしたりして過ごしました。
最初は訳も分からずに参加したんだけど、
その時に初めて海外の同世代の友達ができた。

絶対、楽しいですよね!実際、どうでしたか。

でも、その子たちが孤児院で暮らしている背景には、
生活が苦しくて親と暮らせなかったり、
家族と死別してしまったり、いろんな事情があって。
仲良くなったからこそ、彼らの背景にあるいろんなことを知って、
他人事と思えなくて
「日本で自分が見ていた世界とは全然違うことがあるんだな」って。
あとは、帰り際にバンコクで見た
ストリートチルドレンや物乞いの人たちに、
中学生なりに何かしら感じたことがあったと思う。
海外の人と交流する楽しさとあわせて、
いつか、こういう問題を解決できるようなことに携わりたいな
とぼんやり思うようになって。

その後、協力隊を知るきっかけになったのは?

それで、高校の進路を決める時、
恥ずかしかったけど、思い切って当時の担任の先生に言ってみたの。
「こういうことがしたいんです!」って。
そしたら、「青年海外協力隊がいいんじゃない?」って教えてくれて。
私は名前しか聞いたことなかったけど、
その時に詳しく調べたのが協力隊を知ったきっかけかな。

先生、素敵!
で、協力隊に参加するまでは?

その後、海外での貧困問題とか開発に関する
農業とか環境に興味があったので農学部を目指したの。
そして、大学では主に環境分野を学び、
環境が貧困とか生死に関わるという視点から、
いつかそういう分野で海外の仕事に関わりたい、
協力隊も受けてみたいって思っていました。
就職活動の際、
まずは社会や国際協力分野での自分のスキルをつけたいと思い、
国際協力事業を行う現在の団体に就職し、
海外研修生の受け入れや研修企画に没頭しました。

まず、就職したということで、あとは参加するタイミングですね。

”社会人経験”という意味で2、3年したら受けようかと
何となく思っていたけれど、
就職していろんな国の人と触れる中で、
”現場に出たい”、”実際に長期間住んでみて現状を見たい”
という思いがさらに強くなって。
たまに(協力隊の)要請を見ていたの、
自分の行きたい地域とやりたいことがないか。
そんな頃に、東日本大震災が起こり地元も被災したから、
しばらく日本にいたいなと一度応募を見送りました。
でも1年程経ち、震災でもいろいろ思うことがあり
「今できること、自分が役に立てることが何かあるのであればやろう!」
と思って、ブルキナファソで村落(開発普及員)の中で
環境教育関係の要請があったから受けて。
そのことを会社にも報告し、
行かせてもらえることになりました。

②日本の当たり前がなかったゴミ問題

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