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爽菜農園①各々のきっかけ

小野寺徹 / Toru Onodera
(写真左)大手自動車メーカーを経て、4年度3次隊で自動車整備士として青年海外協力隊に参加。ケニアのアバーディア国立公園内にある車両部門にて自動車の点検や整備など技術指導を行う。帰国後は、堆肥会社での農業研修を経て独立。「旬の野菜 爽菜農園」代表。現在は、東ティモール草の根支援の専門家としても活躍。

小野寺さちえ / Sachie Onodera
(写真右)農学部を卒業後、平成8年3次隊で土壌堆肥隊員としてコスタリカに赴任。村の農協に配属され、同任地の隊員と共にゴミの分別や生ゴミの堆肥化などの活動を行う。帰国後の栃木県OB会にて、夫の徹さんと出会い、栃木県内の有機農家を回っている中で就農を決意。夫婦で専門家としても活躍。

爽菜農園のHPはこちら

インタビュー記事

※(徹)小野寺徹さん (さ)小野寺さちえさん

よろしくお願いします。

(徹)(さ)よろしくお願いします。

ご夫婦で協力隊OVということで、まずはそれぞれ簡単に自己紹介からお願いいたします。

(徹)協力隊の経歴から言いますと、4年度3次隊自動車整備でケニアの方に行っていました。小野寺徹と申します。協力隊の前も自動車整備の仕事をしていまして、帰ってきてから百姓の方をはじめました。

(さ)私は、大学の農学部を出てから、土壌肥料で平成8年3次隊でコスタリカに行っていました。土壌肥料なので、コスタリカでは村のゴミを分別して、生ゴミを集めて、堆肥を作って村の農家に使ってもらうという活動をしていました。で、帰国後は公務員にでもなろうかなと思い、県庁でバイトをしながら公務員の勉強をしていたんですが、OB会で旦那と出会って。で、旦那が栃木県のいろんな有機農家連れてってくれたら、あまりにも面白くて。

へぇ、そうなんですね。

(さ)そうなんです。すごい人がいっぱいいたので、農家になってしまいました。

ご出身はどちらなんですか?

(さ)栃木県です。二人とも栃木県出身なので、栃木県のOB会で会いました。

そうだったんですね。

(さ)結構、OB会同士(で結婚する)率が高いんですよ(笑)

あ、そうなんですね。隊員同士(で結婚)は多いですもんね。協力隊を知られたきっかけを教えてください。

(徹)新聞だった気がするな。昔は今みたいにインターネットがなかったからね。

(さ)私は高校の時に使っていた駅にポスターが貼ってありまして、高校生の時には「協力隊いいな」って思うようになって。で、「協力隊行くなら農業だろ!」って勝手なイメージがありまして、それで農学部に入って大学卒業したら行こうと決めていました。

それで、大学卒業後に協力隊に参加されたんですね?

(さ)大学の土壌の研究室に入ったんで、野菜や稲作とは違っていて。そうすると、土壌肥料って(いう職種は青年海外協力隊の)1回の募集に1人くらいしか枠がなくって。

そうですよね、珍しい職種ですもんね。

(さ)大学在学中に受けてたんですが、1つの応募に5人くらい応募していて、その(応募者の)中にはもう何年も土壌の研究をしてきた人などもいたのでやっぱり敵わなくて。で、卒業した後に受けて受かりました。

コスタリカに行くわけですね。

(さ)そうですね、国はどこでもよかったんですけど。協力隊にただ行きたくて。

徹さんの方は、仕事されてから参加されたということで?

(徹)そうですね、ちょうどバブルもはじけた頃だったので、ちょっとかっこいい辞め方ないかなって軽い気持ちで協力隊を受けました。でも、仕事は忙しくて、一次試験の合格通知がきた時は、なにで受けて、なにが合格しているかもわからないくらい忙しかったんですよね。で、二次試験も合格できたんで、その後に会社に辞めますって言ったような気がしますね。もうだいぶ昔なんで、はっきりとは覚えてはいないんですが。

そして、ケニアに行かれるわけですね。

(徹)それで、ナショナルパークの車両整備という要請でケニアに行きました。合格した時は、「自動車整備の活動しながら、動物も見られるんじゃん!」と思ってました(笑)

ケニアの国立公園の中を走る車両の整備ってことですか。

(徹)そうですね。

すごい、魅力的な要請ですね!

(徹)そうですね、みんな任国外旅行で、私のところに来て、動物見て帰っていきました。

爽菜農園②それぞれ任地へ

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